Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
よしだしょういん
吉田松陰
徳富 蘇峰
Lisez 吉田松陰 (よしだしょういん) de 徳富 蘇峰 (とくとみそほう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 135 622 caractères · 269 écrans
而してこの変局を促したるもの、また辺海の形勢日に急なるにこれ帰せずんばあらず。
我邦識者の国防的観念に、一大刺激を与えたるもの、実に露国の北辺を侵擾したるに拠る。蓋し露国の警を報じたるは、明和八年(千七百七十一年)露国西比利亜の流竄者、波蘭人アウスより創る。然れども太平の酔客は、霜天の晨鐘に目を醒すを欲せず。延いて寛政五年露船松前に来り、我が漂民を護送して通商を請う。幕府これを斥く。而して従来虚説なりとして顧りみざりし露国南下の実情も、この漂民の談話によりて詳かにするを得。今は蝦夷をも幕府の直轄に帰し、頻りに防禦に余念なきも、さりとて名策あるにあらず。ただ一時応変の彌縫策に過ぎず。みすみすかくの如き江山挙げて人に附するぞ口惜しけれ。越えて寛政十年露船蝦夷に到り、文化元年露国使節レザノット長崎に来り、互市を請う、許さず。遂に文化三年(千八百六年)より四年に亙り、露人来りて樺太及び蝦夷を椋めぬ。
而して我邦においても、近藤守重は(寛政十年)、択捉島に渡り、大日本国領の標柱を建て、間宮林蔵は(文化五年)、樺太を探験し、独身満州に入り、黒竜江畔の形勢を按じて帰り、平山行蔵は自から征北軍の先鋒となり、死を北海に致さんと欲し、幕府に上書して曰く、「一日の苟安は、数百年の大患なり、今ま徒に姑息以て処せば、その我を軽侮