Classiques japonais avec furigana
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ぞくほうしこう
差別の根源を考える
喜田 貞吉
Lisez 差別の根源を考える (ぞくほうしこう) de 喜田 貞吉 (きたさだきち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 147 985 caractères · 289 écrans
其服着二白衣一。於レ是時人名二白衣神人一而已。
と言って、後までも筋の違ったものだと言われている。はたしてしからば、これまた一種の神人寺賤の徒で、いわゆる唱門師の類とみるべきものらしい。また百万が辻子は、往昔春日社の巫女百万の居所だと伝えていることによれば、これまた類を同じゅうするものの居所であって、木辻西坂の唱門師が、後から類をもってここに移住し、屠者を業としたがためにエタとして区別せられるに至ったものかもしれぬ。
なおさらに西坂の年寄中島氏のもといたという笹鉾町の由来を考うるに、『坊目考』に、「先年東大寺奴婢の所在なり」とあって、はるかに遠い時代にその起原を有するらしくも思われる。興福寺旧北門外半田郷ももと東大寺奴婢の居地だとある。また興福寺の北門を悲田門といい、その前四町は悲田院すなわち病苦孤独の所在であると『山階寺流記』に見えている(『坊目考』引)。しからば半田町の辺りもまたもとからのサガリ居所で、そしてその南半田町にかつて奈良の牢獄の設けられていたというのも、かれこれ相因縁するところがあるらしい(牢獄は後に北魚屋町に移った)。
悲田院は京都では非人の合宿所で、その非人らは警察事務や雑役に使役せられ、かねて遊芸雑職を営んだこと、唱門師と同様であった。