Classiques japonais avec furigana
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はるいくたび
春いくたび
山本 周五郎
Lisez 春いくたび (はるいくたび) de 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 70 094 caractères · 142 écrans
香苗は生まれて初めて、この眼まぐるしい春の移り変りを心にとめて見た。
文久元年の春であった、自然の相をそのまま写したように、世の中もまた激しい転変を迎えていた。……去年、詰り万延元年三月、江戸幕府の大老井伊直弼が桜田門外に斬られてから、ながいあいだ鬱勃としていた新しい時代の勢が、押えようのない力で起ちあがって来た。暗澹とした世の彼方に、最早拒むことの出来ぬ新時代の光が近づきつつある。あらゆる人々の眼がその光の方へ向いていた。あらゆる人々がその光の方へ両腕をさしのべていた。山奥から海浜から、青雲の志をいだいて若者たちが京へ、江戸へと集まって行った。
信之助もその一人であった。……彼の家は甲斐七党の旗頭として、幾百年このかた其の村に土着し、家柄高き郷士の名を相続して来たのだが、いつか家産は傾いていて、去年の秋の末に父が死ぬと、田地も家屋敷もすっかり他人の手に渡っていることが分った。……早く母を亡くしていた信之助は、捨てられた猿のように孤独になった、けれど彼はそれを哀しむことさえせず、十八歳の胸いっぱいに、冒険と野心の焔を燃やしながら、濁流のような世の中へと出て行ったのである。