Classiques japonais avec furigana
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
Lisez 法然行伝 (ほうねんぎょうでん) de 中里 介山 (なかざとかいざん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 66 110 caractères · 131 écrans
四十六
建久六年六月六日東大寺に於て往生した。
四十六
鎮西の聖光房弁長(また弁阿)は筑前の国加月庄の人であったが、十四の時天台を学びその後叡山に登り、一宗の奥義を極めたが、建久八年法然六十五、弁阿三十六の時吉水の禅室にまいり、法然の教えを聞いたが、その時心の中で思うよう、「法然上人の智弁深しと雖も、自分の解釈する処以上に出でる筈がない」と。そこでまず試みに浄土宗の要領を叩いて見ると、法然が答えて、
「お前は天台の学者であるから、まず三重の念仏を分別して聞かせよう」
と数刻に亙って細々と念仏の要旨を説き聞かせたので聖光房の高慢の心が直ちに止み、長く法然を師として暫くも座下を去らずに教えを受けた。
建久九年の春には法然から撰択集を授けられ、
「汝は法器である。これを伝持するに堪えている。早くこの書を写して末代にひろむべし」
と云われたそうである。
同年八月に法然の命を受けて、伊予に下りて又帰洛し一宗の奥を極め、元久元年八月上旬に吉水の禅室を辞して、鎮西の故郷に帰り、浄土宗を隆んにした。
安貞二年の冬肥後国往生院で四十八日の念仏を修した時に、後の人の異義を戒めんが為に、一巻の書を著した。