Classiques japonais avec furigana
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
Lisez 法然行伝 (ほうねんぎょうでん) de 中里 介山 (なかざとかいざん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 66 110 caractères · 131 écrans
十七
僧都が帰ってから法然はうちへ入って側近の人に向って云うよう。
「心を静め妄念を起さないで念仏をしようと思うのは生れつきの眼鼻をとり払って念仏をしようと思うようなものじゃ」といわれた。
その後明遍僧都は深く法然に帰依して専修の行怠りなかった。
法然が亡くなった後にはその遺骨を一期の問頭にかけて後には鎌倉右大臣の子息である高野の大将法印定暁に相伝えられた。
貞応三年六月十六日八十三歳の高齢をもって念仏相続して禅定に入るが如く往生せられた。
十七
安居院の法印聖覚は入道少納言通憲の孫に当り、澄憲大僧都の真の弟であるが、これも法然の化道に帰して浄土往生の口決を受けたが、法然からは特に許されていたと見え大和前司親盛入道が法然に向って、
「あなたが御往生の後はどなたに疑を質したらよろしゅうございますか」と尋ねたところ法然が、「聖覚法印我が心を知れり」といわれたとのことである。
この法印が書を著わして広く念仏をすすめられた。それは「唯信鈔」である。
元久二年八月法然が瘧病を患うたことがあった。月輪殿が驚いて医者を呼ばれて様々療治を尽されたけれども治らない。そこで御祈祷の為に、詑摩の法眼澄賀に仰せて善導和尚の姿を描かせ、後京極殿が銘を書き、安居院の聖覚法印を導師とした、聖覚も同じ病に冒されていたが師の為に進んで祈乞をこらすと