Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

ja-reading.com

Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

Lisez 海上の道 (かいじょうのみち) de 柳田 国男 (やなぎたくにお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 182 344 caractères · 353 écrans

Aozora Bunko

島では宮古と同様に、一度も強力なる統一者が出なかったために、セヂを集めて王様に奉れというような、新たな祈祷の式は起こらず、海の彼方から訪れたまう年々の神の恵みは、もっぱら稲を作る人々の、島ごとの小さな群に向けられていた。古見の近世の聞書に、

猛貌の御神、身に草木の葉を纏ひ、頭に稲穂をいたゞき、出現之時は豊年にして、出現なき時は凶年なれば、所中の人、世持神と名づけ、崇め来り候………「八重山旧記帳、雍正五年(一七二七)。南島聞書に依る。」

とあるのが、古来の姿のままかと思われる。ヨという日本語は、漢字の「世」をもって処理せられてから、だんだんに永い期間と解するようになってきたが、本来は竹の節と節との間をヨと謂うのと同じ語で、ことに稲作の一期を限ってそういうことは、日本の方でも弘くまた久しく、たとえば『続猿蓑』の連句の短句にも、

奥の世なみは近年の出来

とあるのも稲作のことで、今も年とった人の中では、そういう言葉使いはよく通用する。

ただ何故に特に稲の一生産期だけに限ってこれをヨと呼ぶのかの理由だけが不明だった。それが南端八重山古見の例によって、この一種の穀物のみが特に重要であり、それの豊凶をもって神意の向うところを知り、これによって以後一年間の人間の幸福の、程度厚薄を卜する信仰があったことが、ほぼわかってくるのである