Classiques japonais avec furigana
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あるたんぼうきしゃのはなし
平林初之輔探偵小説選I〔論創ミステリ叢書1〕
平林 初之輔
Lisez 平林初之輔探偵小説選I〔論創ミステリ叢書1〕 (あるたんぼうきしゃのはなし) de 平林 初之輔 (ひらばやしはつのすけ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 113 247 caractères · 229 écrans
あの人の妻であるこの妾は、全く無視されているのだ。ああこの手紙を読んだとき、あの人はどんな顔をするだろう。どんな気持ちがするだろう。
妾は、何も知らぬふりをして、手紙をあの人の書斎のデスクの上へおくことにきめた。あの人は七時少し過ぎに帰ってきた。妾は一緒に食膳にむかいながら、あの人の様子に念入りに注意をくばっていたが、あの人は全く常の通りに冷静だった。妾はその落ち着き払った顔を熊手か何かでかきむしってやりたい程の欲望をじっと抑えて、食事をすました。
あの人が書斎へはいって扉をしめると、妾は大急ぎで、しかし跫音を忍ばせて、扉のそばまで行き、鍵穴に眼をあてた。あの人は回転椅子に腰をかけて煙草をふかしていたが、やがて、あの手紙を手にとるとすぐに開封して、一分間足らずで読んでしまうと、ぽいとそれを机の隅へ投げ出してしまった。それから何か横文字の本を本棚から抜き出して読みはじめた。まるであんな手紙には一分間以上の時間をさく価値がないといった風だった。私はほっとした。と同時に自分の卑劣な行為がさもしくなって、ひどい自責を感じた。あの人はやっぱり妾のものだ! ああこのことをはっきりと意識することは何という喜びだろう。