Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

Lisez 海上の道 (かいじょうのみち) de 柳田 国男 (やなぎたくにお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 182 344 caractères · 353 écrans

Aozora Bunko

には、少なくとも荷が勝ちすぎたことだったろうと思う。

この意味において皆さまの新嘗研究は、第一歩にまず「嘗」の漢語の比定、是と我邦の今いう「にひなめ」とが、どれほどまで似通い、どの点が特に異なっているかに、向かわなければならぬと私は考える。もしも単なる思いつきで、格別これという共通点も無かったとすれば問題は小さいが、もしも看過し得ない一致が双方にあるとすると、引続いて必ず何故にという疑いが起こるのである。たとえば期節の十月と十一月との差こそはあれ、稲はかの殷周文化の中心地帯において、やや少量ながら夙くまた必ず栽培せられた穀物であった。収穫期からいうと十月の方がむしろ自然に近く、是をまた一カ月遅くしたのは、別に日本だけの特殊な事由があったものとも考えられる。最近十数年来の中国の古代研究の成果が、まだ私たちまでは届いていないので、現在の通説を知る方法は無いが、或いは嘗が稲一種のための祭典であったことは、もうすでに確定しているのかも知れない。稲人または稲米使者という名称が夙く存し、必ずしも主食常食というほどの産量はなかったにかかわらず、これを儀礼のために欠くべからざる農作物と認めたらしいことが、是もまた我邦の年久しい現実と、似通うているようにも想像せられ、今はひたすらにこの方面の隣国の研究が、次々と公表せられる