Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
「しなゆうき」
支那游記
Leggi 支那游記 (「しなゆうき」) di Akutagawa Ryūnosuke (芥川 竜之介) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 51.859 caratteri · 105 schermate
その夜唐家花園のバルコンに、西村と籐椅子を並べていた時、私は莫迦莫迦しい程熱心に現代の支那の悪口を云った。現代の支那に何があるか? 政治、学問、経済、芸術、悉堕落しているではないか? 殊に芸術となった日には、嘉慶道光の間以来、一つでも自慢になる作品があるか? しかも国民は老若を問わず、太平楽ばかり唱えている。成程若い国民の中には、多少の活力も見えるかも知れない。しかし彼等の声と雖も、全国民の胸に響くべき、大いなる情熱のないのは事実である。私は支那を愛さない。愛したいにしても愛し得ない。この国民的腐敗を目撃した後も、なお且支那を愛し得るものは、頽唐を極めたセンジュアリストか、浅薄なる支那趣味の者であろう。いや、支那人自身にしても、心さえ昏んでいないとすれば、我々一介の旅客よりも、もっと嫌悪に堪えない筈である。……
私は盛に弁じ立てた。バルコンの外の槐の梢は、ひっそりと月光に涵されている。この槐の梢の向う、――幾つかの古池を抱えこんだ、白壁の市街の尽きる所は揚子江の水に違いない。その水の汪々と流れる涯には、ヘルンの夢みた蓬莱のように懐しい日本の島山がある。