Classici giapponesi con furigana
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だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
Leggi 堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (だらくろん(ぞくだらくろん)) di Sakaguchi Ango (坂口 安吾) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 84.198 caratteri · 171 schermate
作家は弁明を書くべき性質のものではない。書くが如くに行い、行うごとく書き、わが生存、わが生き方がそこに捧げられているのであるから、他の何物を怖れるよりも、自我自らを偽ることを怖れるものであり、すべてが厳たる自我の責任のもとに書き表されていること、元より言うまでもない。社会的責任の如き屁の河童ではないですか。論ずるだけがヤボであり、そういう文学以前の問題にかかずらって一席弁じるサルトル先生も情ない先生だが、作家に向い弁明などと注文せられる向きの編輯者諸先生は先ず以て三思三省せらるべし。
諸君は各々の家に於て日常何をしておられるか? 思うに諸君(以下、君の中には女の方も入れてありますから)は、父であり、母であり、子であり、良人であり、細君であり、恋人であり、諸君も亦、男女の道を行われること当然ではないか。かかる私事は之を人前にさらけだすべきものではなく、礼儀に於て、常識に於て、そうである如く、如何なる破壊混乱の時代に於ても、かかる表出は礼儀化されぬ性質のものであるかも知れない。貝原益軒先生は只今房事中と来客を断られた由であるが、私はこういう聖人賢者は好きではない。