후리가나로 읽는 일본 고전
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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
中村 清太郎의 ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 132,905자 · 262화면
人々はそこにささやかな水田を耕し、豆や稗、粟の山畑をひらき、桑を植えて蚕を養い、兼ねて御山登拝の白衣の旅人を送り迎えているのである。
さてその事あって後、数日打ち続いた快晴と、半日一夜のすさまじい雷雨のあと、六月も初旬をすぎる頃には、「爺さん」の姿は、どこかにその俤を忍ぶばかり、いつか行方もしら雲と、消え失せてしまったのである。それも道理で、恵み深いお爺さんは、もはや今年の務めを終っていたようなものだ。麓の村々では代掻きもおおかたすんで、早くも植付けが始まり、か細い緑の列が、涼しげに戦ぐ山田もあれば、傾斜の豆類はたくましい茎の上に幾枚かのほん葉を、強い日光に捧げているのだから。
恐らく不死の老翁は、半ば形を水に変じて、かの緑秧にそそぎ、昇っては雲霧と化し、やがて名残りの山肌に、霜と置き雪と積み、かくしてめぐりくる年の春の陽に、又そのめでたい姿をあらわすのであろう。ただこれを仰ぐ人は、はたして旧年と同じであろうか、否か。あな賢こ。
総じて山の積雪に現われる種々な形態と口碑は、山民の生活、なかんずくその重心たる農耕に関するものが多く、自然への人間の和親帰依の象徴として、わが祖先の自然を見る眼のするどさ、感ずる心の温かさを伝える遺産として、まことに面白く、貴く、又味わい深いものがある。