후리가나로 읽는 일본 고전
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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
中村 清太郎의 ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 132,905자 · 262화면
ただそれがいつ頃であったかは、まず文献にたよる外ないが、三代(西紀前千年位)には、※(始め二重山括弧、1-1-52)鼎に山川万物を図す※(終わり二重山括弧、1-1-53)とか※(始め二重山括弧、1-1-52)廟祠の壁に天地山川を画く※(終わり二重山括弧、1-1-53)などいう記録がある。それが秦漢(紀元前後)にいたって初めて遺物が現われ、輯安の古墳の壁画に、狩猟図の一部として山が描かれてある。これがおそらく山の画の最古の遺品であろう。だがいたって原始的なもので、文様を去ること遠くない程度だ。一方印度のアジャンターの壁画にも、仏伝図の背景に山があって、ほぼ同時代と見られるが、絵としてはこのほうが幾分進んでいるようだ。
晋の顧之の山になると、大分自然の趣きをそなえ、六朝(西紀四百年頃)には宋少文、謝赫などの名手が出て、山水画論も現われ、この辺で山水画の独立が基礎づけられたようだ。隋から唐に入ると、呉道玄や王維のような大才によって、初めて山水画は絵画の中心に坐ることになる。仏教が印度から支那、朝鮮を経て日本に流入するにつれ、純粋な山水画ではないまでも、山の画はその頃からわが国にも数々の遺品を留めている。