일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

13 笑い・喜劇・及びユーモア

一 「笑い」の論理的意義

これが客観的な同情なのである。憎悪や同情を主観的に解するから困ることになるので風刺の客観的公正ということから考えて行けば、今のパラドックスはもはやパラドックスではない。客観的公正、憎悪と共感の一致、無慈悲な同情、これが風刺の精神であるが、それが又一般に批評の精神でもあるのである。

さて現在の日本的現実、日本的人生は、この憎悪に値いするか、風刺的存在であるか、それともそうではないか。これはただの見方の相違といっては済まされまい。私は所謂「風刺文学」なるものを尊重出来ない。それは却って真の風刺の、現在の文学における精神的な而も一般的な(特殊の文学様式に限られない処の)機能を擁護するためにだ。

(一九三五・一〇)

13 笑い・喜劇・及びユーモア

一 「笑い」の論理的意義

笑いは一つの原始的感情の表現であるが、原始的感情としても夫が最も発達した複雑で高級なものだと考えられる。と云うのは比較的理知的な原始感情が笑いとなって現われるからである。多くの動物は怒ることは出来るが、笑うことの出来る動物は高級な類人猿だけだそうである。

原因と結果との間に不相応な不調和が存することが笑いの原因だとも云われるように、笑いは何か計量し得るような――理知的な――合理性をその原因として有っている。