일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

24 俗物論

一

現在のわが国には、この三層の「常識」が行なわれている。ただここでもすでに気のつくことだが、敢えてパラドクシカルに云うならば、常識必ずしも常識的ではないという点が大切だ。又は、常識的なもの必ずしも常識ではないということだ。之は単にいくつもの別々な流儀の常識内容がこの世の中に平行して行なわれているからではなくて、「常識」なるもの自身がパラドクシカルな存在だからで、即ち常識なるものには、いくつもの常識水準があるということを告げているのだ。この常識水準の分析をした上でなくては、だから「常識的」であるとかないとか云うことは全く無意味だろう。処で最高の常識水準はやはり弁証法のものだと私はかねがね考えているのである。現に常識そのもののことを一つ考えるにも、いや応なしに、考察が弁証法的にならざるを得ないではないか。

(一九三四・一二)

24 俗物論

一

私はこの頃人間を男でも女でも、政治家と文学者とに分類するような人間学を採用することにしている。無論実際の政治家にも文学者型にぞくする者もいるし、実際の文学者でも政治家型にぞくする人間もいる。例外はいくらでもあるし、ことにブルジョア文化の発達が根強く割合純粋であるイギリスやフランスなどでは、哲学的政治家や詩人外交官も少なくない。