일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

それが原始感情のこの表現を何か高級なものと見せるのである。で今、笑いという現象が、外でもない、原始的感情も亦論理を有っているという証拠であることを、私は注意したいと思う。例えば有名なフランスの文学者は之を、「アブサーディティーの論理」として説明しようとしているのである。

事物の表面へ事物の裏面がつまみ出されて、この表面と裏面とが対質させられると、吾々は笑わされるのである。存在の裏面にあった気付かれない欠落や節度が取り出されて、夫が、現在の表面で気付かれていた夫々のものに、完全に一致したり鮮かに対立したりするのを見て、人々は笑うのである。その意味に於て、意外なものも可笑しいと同様に、予期したものが思った通りに実現したのも可笑しいわけである。

表面と裏面とは、こうやって肯定と否定として対質させられる。だがどちらかに判断を決定されて了っては、真面目に帰するので、もはや可笑しくはない。可笑しいのは肯定と否定との間の不決定であり、而も夫がすでに解決済みの不決定でなくてはならないのである。なぜなら解決の付かない不決定は懐疑や煩悶にすぎないから(で懐疑や煩悶が見せかけの解決のためには苦笑や嘲笑に導くのは尤もである)。