일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

二 喜劇と悲劇との論理的連関

実際、ヘーゲルやマルクス・レーニン等優れた弁証法家は常に優れた批判家であったが、優れた批判家は天才的なパラドックスの発見者・アイロニーやユーモアの達人であって、また優れた理論的な喜劇作者であるのが事実だろう。譬喩が上手であるという事――夫は弁証法的才能の一段階だ――と共に、諧謔に長けているということは、板に着いた理論家の特色なのである。

吾々は笑いの論理に就いて語って来たが、ベルグソンの云うように、笑いが社会的な意味を有っていることを忘れてはならぬ。喜劇(Kom※(ダイエレシス付きO小文字)die)とは村落の頌歌なのである。で、これは個人の意識の内部だけでは把握出来ない論理である。夫は云わば社会的論理だと云わねばならぬ。実際、生きた――弁証法的な――論理はこうした社会的論理の外にはあるまい。

この論理はだが、明らかに文学上の意味を有っている。喜劇=ユーモア=アイロニー=パラドックス=評論、そして弁証法。で論理を文学と無関係だなどと考えている者は一体誰であるか。

(一九三二・九)

二 喜劇と悲劇との論理的連関

私は「笑い」というものが有つ論理的な意味を指摘した。