일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

三 ユーモア文学とユーモア

で、喜劇が批判的批評的なものだとすれば、之に対しては悲劇は或る意味にポジティヴな特色を持つ。ということは(私の或る公式によれば)、喜劇が本来ジャーナリスティックな文学のものであるに反して、悲劇は本来アカデミカルな文学のものだということになる。吾々は悲劇と喜劇との対立を結局、文学に於けるアカデミズムとジャーナリズムとの対立の一つとして取り上げることが出来はしないかと考える。そうすることによって初めて悲劇と喜劇とのイデオロギー論的な、又論理的な、本質を取り出せるのではないかと思う。

(一九三三・三)

三 ユーモア文学とユーモア

最近のわが国に於ける文学界では、ユーモア文学が中心の問題になって来ているようである。率直で短刀直入なマニエールによる従来のプロレタリア文学が、最近特に著しく、見るも無残な〔伏字〕や〔削除〕で埋められるが、こうした受難が暗示する一連の犠牲を少なくするために、ユーモア形式が推薦されて来ているのである。だがユーモアは、左翼文学の単なる自己防衛の手段として選ばれねばならなくなっただけではなく、実は、左翼文学が批判的階級の意識を表現するものである限り、夫はこの文学にとって本質的な内容となることが出来る筈のものなのである。