일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

処が私は今まで、少数の例外は別として殆んど横光利一なるものを読んだことがなかった。この文章を書くまでに読むことの出来たのは比較的最近の長篇が主であって(『紋章』『寝園』『時計』それから最初の長篇だという『上海』)、などその他若干の短篇に接することが出来ただけである。時間が無くて如何ともし難かったのだ。

作品を読み較べて行く内に第一に感じたことは、大いに読み応えがあるにも拘らず、どれも大して私を感激させる種類のものではない、という点である。ウッカリ油断して読んで行くと追随出来ない行間に出会うのが常だが、その形に現われない充実したブランクな行間は、なる程読者をノッピキならぬ反省や検討に向かわせはするが、併しこの場合恐らく読者は、決して壮大なるものにブツカって打ちのめされたり圧倒されたりすることもなく、また思わぬ啓示や発見によって打ち振わされることもない。この達人(そう云っても今では通用すると思うが)の筆は、粒々たる工夫に充ちた併しあまりに非凡ではない処の筆なのである。その意味に於て彼は一種の(併し非凡な)アカデミシャンと云うべきだろう。彼の文学的名声の秘密の一つは確かにここにあると思う。