일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

22 共通感覚と常識

そういう進歩性ならば、倉田百三などが最もお得意だろう。通念の自滅の内から新しい社会常識=人間常識への醗酵を見て取る眼こそ、進歩の眼であり、モラルの眼であり、文学の眼だろう。

常識のただの否定ということは、現実には不可能なことだ。そこにはいつでも新しい常識が、否少なくとも新しいモラルがあるのである。だがこのモラルが新しい常識にまで成長しない限りは、凡そ常識の否定など、出来るものではない。新しい社会常識にまで伸びようとは云わないモラルへの飽き足りなさが、今日の純文学や身辺小説、私小説に対する、社会から見た飽き足りなさなのである。

吾々が今日、進歩的イデーとして持っている社会常識そのものの、文学的醗酵以外に、凡そ常識を克服する道はない。ここが常識というものの意味の重さだと思う。

(一九三五・一二)

22 共通感覚と常識

社会と自然とは、一応分離し独立しているように見えるのであるが、実は二つのものの間に重大な統一的な共有性が見出される。それは、要するに社会が、他でもない異質的に複雑化された自然の一段階であるという、自然史的根本テーゼの内に尽きているのである。