후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
二
一切の科学のこの要点的要約は正当に論理乃至論理学と呼ばれているもので(尤も学校で教える論理学のことではない)、ここで初めて人類の思考方法の歴史とその現段階とが問題とされるのである。
二
今哲学のこの規定を、単に諸科学に就いての場合に限定せず、文化全般に、芸術・道徳・又宗教に就いてまで及ぼせば、こうした諸文化の要点的要約が、哲学の科学的な最も広範な最も統一的な観念になるだろう。そういうものは或る理由から矢張り論理と呼ばれていいものだが、もっと手っ取り早く云えば思想というものに他ならないので、芸術・科学・道徳・意識・(宗教的信念さえ)・等々を貫く一貫した思想が、この哲学の専門的領域をなす。――思想というと、一方では形のないただの観念や観念傾向やを世間では考えたがるかも知れないし、又他方では一定の出来上った(社会思想というように)理論的な輪郭を世間では考えたがるのだが、併し思想とは、もっと率直に考えて見れば判るように、一定の傾向を持った観念が、凡ゆる経験を呑吐しながら、それ自身の傾向を伸ばし又矯めして、みずから補強発育すること、そのことを意味している。進歩する動向を必然的に持っていないような、ただの持ち合わせの観念は、決して思想と呼ばれるものではない。