일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

署名が絶対に必要になるのである。なる程、誰も、名も知らない人の作文や身辺雑記や印象に興味を持つ筈はないからだ。実際ここで必要なのは、批評そのものではなくて、批評者の署名に他ならない。――で批評が署名入りでなければならないという批評に対する見解には、少なくとも文芸批評などを念頭に置いている限り、必ずこうしたファン意識が働いていることを見遁してならぬ。

ファン意識から云うと、批評する側の人間がファンの対象である署名入りの個人である必要があるばかりでなく、その同じファン意識が、批評される対象も亦個人又は個人のものであることを要求する。こうしたファンによれば、批評を見るのは要するにひいきが相撲を取るのを見ているようなもので、必要なのは署名入りの個人と個人との取り組みでなくてはならぬ。批評をするには、まして或る個人を批評するには、批評者の署名が絶対に必要だという意識は、個人に対しては個人が責任を負わねばならぬというありふれた道徳的意識に他ならないのであって、そこでは批評の科学性や客観性は、云わば批評の個人倫理と云ったようなものによって置きかえられて了う。だから匿名批評家は卑怯であるとか責任を回避するとか云って、専ら倫理的な形式で非難が加えられるのだ。