일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

である。正に時間する、現われるということこそ、現実の実際さをなす姿でなくてはならぬ。Journalism という言葉が「日」(Jour)に基くので、ローマの官報 Acta Diurna(Diurna=Jurna)から来たと云われている。日々ということが、一般に季・期(ペリウド)ということが、吾々人間の生産生活の上に於ける時間の原理であることは云うまでもないが(ギリシアの歴史家ヘシオドスは『仕事と日々』という書物を残している)、之が又人間の歴史の、又歴史記述(歴史学)の、原理でもあるということを注意しなければならぬ。すでに之まで、ジャーナリズムと歴史との関係に着眼した人も少なくはないようだが、現に今後の歴史資料としては何よりも新聞や雑誌が一等貴重なものだろうし(尤も今日の西洋紙が一体何百年後まで形を保存出来るかどうかも考えて見なくてはならないが)、それから日本でも新聞記者の間から相当優れた歴史家を輩出している。歴史というものの観点を尊重することを知って、ジャーナリズムというものの観点を尊重しないということは、至極非哲学的な不均衡だろう。

ジャーナリズムに対するこうした認識の欠乏は、殆んど凡て、夫が表現報道現象だという点に対する注意の不足に遠因を持つと云ってもいいだろう。