후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
併し考えて見ると、多分ここでジャーナリズムというのは、雑誌や新聞で名前を売り出すという個人の行為又は態度のことであるらしい。なる程それならば金儲けという個人の行為と丁度恰好な対になるのである。と、そういう風にこの言葉を善意に合理化して解釈した上で、さて又、気になるのはその場合のジャーナリズムという言葉のもっている意味の無さである。新聞や雑誌で有名になる個人的行為がわがジャーナリズムだというのは、何と妙な観念ではあるまいか。
処が案外ジャーナリズムのこういう観念が通俗的に通用しているようにさえ思われる節がある。ジャーナリストという存在を軽蔑する人にとっては、紙の上で名を売って生活するために、クダラない書かなくてもよいものをゴタゴタ書いている人間がジャーナリストというものであるらしく、又名声だけあって専門的な学問のない者がジャーナリストだという風にも思われているらしい。これも亦私個人の例だが、或る人が私に向かって昔のアカデミシャンとしての貴下は尊重するというような意味の手紙を呉れたことがあるが、ジャーナリスティックになったことが即ち私の学的活動の堕落なのだという仮定が、そこに横たわっているのである。