일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

或いは法制の方が後れている結果かも知れないが、とに角、日本の新聞紙法で新聞紙と呼ばれるものは、有保証の雑誌、即ち所謂評論雑誌を含むのである。

するとジャーナリズムとは新聞雑誌界とでもいうべきものか、ということになるが、そういう観念も事実珍しくないようだ。併しなぜ同時に単行本が這入ってはいけないか。それから一体、出版物以外のラジオ、演壇、講壇、其の他がなぜジャーナリズムにぞくさないか。そして今日のブルジョア社会ではこうしたジャーナリズムが、いずれも主として言論や其の他の文化的表現を商品として、それの生産と販売という意味の下に行なわれているのであるが、直接の商品生産乃至販売とはならないような布達や掲示、それから噂や評判というものもジャーナリズムの本質にぞくしていることなのである。ここからも判るように、ジャーナリズムは必ずしも一種の商品生産を意味するブルジョア・ジャーナリズムに限らないということであって、現に機関紙やアジビラ・アジテーション・プロパガンダ、其の他によるプロレタリア・ジャーナリズムが存在していることは誰しも知っているし、封建制時代には封建的なジャーナリズム(例えば、制札、落書、までも入れて)が、古代社会には古代的ジャーナリズムが(ローマの官報)、原始社会には原始的ジャーナリズムが(太鼓、其の他による