후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
第二類のディレッタントに帰する一種の特別な場合を次に注意しなければならぬ。例えば専門の科学の領域においてはエキスパートでありながら、その専門の通俗化に趣味を有っている場合などがそれで、このディレッタントはポピュラライザーだといっていい。尤も正当な意味における通俗化には甚だ重大な意義があるので、それはその専門の科学自身の本性に帰着する根本問題を提起するものではあるのだが、今はそこまで根本的な反省を行なわずに、単に本業の研究と並行してその序に研究学科の通俗化を余技とする場合であり、この専門のエキスパートとしての本業とこのいわゆる余技とが、根本的な観点から結びつけられていないところが、ディレッタントのディレッタントたる所以をなしているのである。こういうタイプのディレッタントは例えば理学博士竹内時男教授などだろう。
ところがこう分類して来ただけでは、ディレッタントの一つの大事な規定を見落して来たように思われる。今まで見たディレッタントは、比較的に普遍人間的な興味価値のあるものを余技の対象として有つ人のことだったが、しかし他方ディレッタントとは好事家のことでもなければならぬと考えられているのである。