후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
所謂匿名批評は今日のジャーナリズムの上で盛んなのであるが、それは批評という態度が無意味なアカデミックなポーズを清算して、次第に実際問題に忠実な新聞記事的態度が必要であることを感じて来たことを意味するに他ならない。批評が匿名批評(実は無記名批評)化すということは、封建的なアカデミシャニズムに対立する近代的なジャーナリズムの必然的なコースであり、故に又自由な批評らしい批評自身の必然的なコースでもある。それは重ねて云うが、善い悪いの倫理的な問題ではなくて、批評の客観性という見地から観察されなければならない事実問題なのだ。その弊害を論じるのは、その後からでなくてはならぬ。
無記名批評は大衆の社会感覚を代弁するのではあるが、所謂大衆と呼ばれる不定な観念によって包括される大衆は、階級的・党派的・又セクト的でさえある対立を事実なしていて、その社会感覚としての常識や世論や通念にもそうした対立が露骨だから、所謂匿名批評はこの党派的、否寧ろセクト的と云うべき、利害に結びつけられて考察される場合が屡々である。例えば匿名批評は一派の文士が他派の文士をやっつける場合に使う至極有効な武器だと云ったようなわけである。