일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

五

そして逆に国際的に通用するためには(之は哲学が科学的である以上絶対に必要だが)、夫々の民族の哲学範疇体系は翻訳し得るものであることが要請される。例えば外来思想と無縁であったり、外国には通用しなかったりするような日本哲学は、哲学ではないということが判るのである。――翻訳は単に英語や外国文学の問題ではなくて、元来、哲学的叙述に於ける論理学上の問題なのである。

五

因みに哲学の方法に連関して意見を付しておこう。この言葉自身がすでに非常に経緯の多い面倒なもので、詳しい分析を必要とすることだが、それはそれとして今は、もっと単純な意味での哲学法――「哲学する」とは何かに就いて述べておこうと思う。

「哲学する」と云っても、世間で往々考えるような、何か甚だしく勿体振った或る態度のことを云うのではない。哲学は、何もそんなに変った特別のものでもなければ、有り難いものでもない。夫は極めて日常的な尋常なものだ。だから哲学に対して妙な思い入れをしないこと自身が、哲学することの初めだと云ってもいい。

そのためにはまず、豊富な常識が哲学の何より大切な条件となる。日本で独自な哲学が発展せず哲学が広く各種の領域に浸透しないのは、哲学者が、例えば自然科学的常識や政治経済上の常識に対して関心を持つことの少ないのが、原因の一部をなしている。