일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

もしそうならば、一切の科学的叙述は凡て公式主義だということになるだろう。

この種類の公式主義に基いた学術論文は云うまでもなく誤謬を結論するのであるから、その科学的価値がマイナスなのだが、併しもう一種類の公式主義がある。夫は、既知の公式をわざわざ特別な理由もないのに改めて導き出して見せる場合のことであって、元来判り切っている公式を導き出すだけの時間で、その公式を使ってより以上前進した分析を行なえる筈なのに、その代りに折角と公式を導き出して見るのである。この判り切った公式が求められた頃には、云わば、論述の時間は切れて了うので、その結果、いつまでたっても問題の解決は一向展開しない、というのがこの種の公式主義なのである、之は公式を使ったから公式主義になるのではなく、却って公式を使わなかったから公式主義になった例で、普通、分析の結果を或る公式に帰着させたと見られる場合が、実は皆之である。之は必ずしも科学的価値がマイナスなのではないが、併し学術上無意味な反覆であるから、その価値はゼロに等しい。

この後者の方の公式主義は、実は問題の発見や問題解決の意図やの欠乏から来るのであって、解決すべき問題が眼の前に与えられていない時屡々起こる一つの現象である。