일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

専門的文芸批評家は、例の広く大きくオリジナルな意味での文芸批評に於て専門家でなければならぬばかりではなく(但し専門家とは他のことは知らなかったり考え得なかったりした結果止むを得ずなったものではなくて、当該の事物をオリジナルに理解する能力と夫に相応わしい知識とがあり、そして大抵それで生活費を稼ぐ処の人のことだ)、又批評一般に於ても専門家でなければならぬ。文学だけに専門家(?)で、批評そのものに就いては人間的に無知なのでは、専門的批評文学者――批評だけしか出来ないという意味で批評を専門にする文学者?――にはなっても、文芸専門の「批評家」にはなれぬ。まして総合的な批評家をやだ。

それはさておき、ティボデではないが、私は矢張り、文芸批評に三つの立場・壇を区別出来るように思う。第一は主として作家として活動する文学者が自分の創作活動の特殊性から、他の一切の文学現象に向かって下す処の、夫々の偏向をさえ尊重される処の、文芸批評だ。だがここでは恐らく、例のエッセイのような様式を取るものが、一等実のある批評となるだろうと思う。

第二は問題の専門的文芸批評である。之は社会身分から云うと、大体文学史家や芸術学者、又それを専門とする大学教授達によって行なわれるべき学者の文芸批評だ。