후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
但しここでいう道徳は、国民道徳律や倫理道徳のことではなくて、風俗から趣味までも含んだ社会に於ける人間の一身上の問題のことだが。
四つのM、moral-mood-manner-mode. 之はモーラリストにとって最も手近かな世界だ(但し手近かなものが一等大事だというのではない、モーラリストにとっては一等遠くにあるものこそ文学的に大切な批評材料なのだが――例えば政治や科学思想など)。少なくとも風俗や流行についての文学的に優れた、即ちモーラリスト的な評論がないということは、評論の又文学の、一つの欠点だろう。映画や舞踊に関する評論の匿された原則の一つも確かにここに横たわっているように思う。――私は機械的でない頭脳を有っている文学者や批評家に、敢えてラ・ブリュイエールの真似はしなくても、風俗評論を提案したいと考える。之はいつまでも「モデルノロジオ」の類いに止まるべきではあるまい。
(注意、所謂モーラリストと呼ばれるものは大体に於て一種の懐疑論者であり、文学的俗物としてのリベラーレンである。今日の日本では「人間学」者達が丁度夫だ。こういうものについて今私は責任を取る心算はない。