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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
5 科学と批評
一
その批判は別に行なわねばならぬ。)
(一九三五・一〇)
5 科学と批評
一
科学者乃至学者は、一般に、自分が職業的に行なっている処の、専門的な実証的研究や理論的考察を、学問の唯一のやり方だと考える処から、批評・評論乃至批判というものの有つ科学的な意義を充分に理解しない場合が多い。批評・評論・批判・等々は何か消極的で外部的条件に制約されたもので、それに一時的な場当りのものに過ぎないとさえ、彼等は考える。之に反して実証的な研究や理論的考察こそは、積極的で本格的で、永久に功績として残るような仕事を産むものだ、とそう彼等は考えるのである。実証的・理論的な研究は学者に相応わしい仕事であるが、批評などは、文学者や思想家や又評論家というような、学的に見れば素人に過ぎない連中の仕事に値いするだけだ、と彼等は考えたがるのである。
実際、文学や一般に芸術に於ては評論というものが極めて大きな役割を持っているに拘らず、科学に就いての評論というようなものは、あまり発達しているとは云えない。この頃一連の既成ブルジョア創作家や又文芸評論家自身からさえ、批評が創作に対してあまり権威ある助言を与え得ないと云ったような感想が洩らされてはいるが、一頃左翼の文壇(?)では逆に、批評が創作に対してあまり権威を持ち過ぎはしないかをさえ恐れられたこともあっ