일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

だがこうした原始的動機が無条件に活躍して露骨に現われる場合は、実はまだ評論の名に値いしない。評論は元来、直接には一種の破壊を意図していなければならない。批評の対象から必要な或る一定の性質を取り出し、之を特色づけ、この特徴の積極的意義と消極的な制限とを露出させることが、評論の役目でなければならない筈である。単純な観念を使って云って了えば、善い点と悪い点とをハッキリさせることが評論の機能なのである。指摘されたこの善い点と悪い点との対比の結果として、対象全体の善悪が、即ち対象の肯定乃至否定が、おのずから出て来るという形式を踏むのでなければ、評論はただの悪口か評判か、又は精々無意味な追従に止まるのである。

評論はいつも批評される対象を前進させる促進的な機能を果す。処で問題は、評論家がどういうセンスに基いてこの促進的な批評を下すことが出来るかという点にあるのである。

どういう知識でも、夫が自分に相応する感覚内容(センス)によって充実されない限り、本当の知識とはならず本当の知識として落ち付くべき処に落ち付かない。批評的判断を下さなければならぬ評論の場合も亦、その例外ではないのである。