일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

尤も世界の全体を統一的に把握すればその結果は唯だ一つの世界観にしかならない筈だから、総体的に統一的なものは同時に客観的なわけであるが、世界全体を把握して了うということが元来現実には決して生じない仮定だから、一般に統一的な世界観必ずしも客観的な世界観ではないのである。

精神病者の場合は極端な例に過ぎないが、そうした病理的事情は多くの社会意識(個人意識から区別する)に就いても見出されるので、そうした意識形態は統一的でありながら而も主観的にしか過ぎない世界観を内容としている。――で、組織的な批評はまだそれだけとしては客観的な批評ではない。処が批評は元来客観的でなければならない筈だろう。

評論が客観性を有ち、従って普遍性・通用性を有つためには(評論ではこの性質が大切で、これがなければ評論は何の役にも立たない)、印象が連絡させられる例の世界観が、単に世界観という資格を持つに止まらず、更に理論的世界観・科学的世界観にまで整理・陶冶されなくてはならないのである。本当に科学的な世界観からの当面の一結果として、与えられた直接印象が導き出される時、評論は初めて客観的になる。