일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

四

そしてその時は又評論が本当に組織的にもなる時なのである。そういう資格を持った評論が、科学的批評の名を以て呼ばれる。

四

科学的世界観として近世の思想史に登場して来たものは、まず第一に実証主義である。コントに於ける実証主義は批評(消極・否定)に対する実証(積極・肯定)の提唱なのであるが、それが批評そのものに適用されると、実証主義的批評という批評態度になるのであって、それがさし当り歴史上、第一に眼に付く科学的批評である。サント・ブーヴが模範的に示した実証的方法がテーヌやルナンによって継承されやがてこの実証主義批判として確立されたことは、人の知る通りである。

だが実証主義に立つこの所謂科学的批評は実はまだ本当に科学的ではない。元来実証主義はガリレイやデカルトから来る機械論的自然観に立つのであって、人間社会をも亦物理的方法に準じて取り扱わねばならぬと考える一種の自然主義なのだが、テーヌなどは、文学史上の自然主義に相応わしく(ゾラを見よ)人間社会の文化現象を、人間の遺伝や環境というような生物学的原因乃至条件によって規定しようとする。その際、人間が労働と生産とによって産み出した特有に社会的な諸条件は、殆んど全く顧みられていない。