후리가나로 읽는 일본 고전
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おちょうふじん
お蝶夫人
三浦 環
三浦 環의 お蝶夫人(おちょうふじん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,730자 · 242화면
一三 世界の三大「お蝶夫人」歌手
ピンカートンは蝶々さんの哀れな美しい死骸の上に倒れるように泣き崩れます。
清い恋に生きた可愛い蝶々さんの物語はここで終ります。
一三 世界の三大「お蝶夫人」歌手
ストルキオとファラーと私と
世界の三大「お蝶夫人」歌手と折紙をつけられたのはストルキオとファラーと私でした。ロジーナ・ストルキオは一九〇四年(明治三十七年)二月十七日、ミラノのラ・スカラ座で「お蝶夫人」の世界初演をしたイタリーの偉大なプリマドンナです。ストルキオが「お蝶夫人」を初演した明治三十七年は私が上野の音楽学校を卒業した年で、私はその時二十一歳、本科を卒業して研究科に入りましたが、同時に授業補助という名前で、先生になり、山田耕筰さん達に声楽を教えて月給を十二円頂きました。今の十二円は蜜柑が五ツか六ツしか買えませんが当時の十二円は大したもので、当時日本橋の木原店の梅園、不忍池の氷月、浅草の松邑が東京の一番有名なお汁粉屋で従って値段も一番高かったが、それでいて御膳汁粉が五銭でしたから、その当時の月給十二円はずいぶん使いでがありました。
話が妙な風にそれたついでに、もう一人の「お蝶夫人」歌手で、アメリカが生んだ最初の大プリマドンナ、ゼラルチン・ファラーが「お蝶夫人」