일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

二

文学の専門家でない私は、文芸乃至芸術プロパーに就いて口を利く権利はないだろうが、私に問題になるのは、今云った広範な意味の下に於ける文学である。そしてこの広範な意味での文学こそが実は、初めて、生々した文化的意義を持った問題を沢山提出して呉れると思われる。

二

文学は生活の表現だ、という。が、実はその逆が真理だとも云うべきである。生活というものがそのままで凡そ文学的なのである。労働者や農民・下級サラリーマン・無教養のブルジョア、等々の生活のどこが文学的なのか、と問われるかも知れないが、そういう生活が文学として表現され得るということが何よりの証拠ではないか。ルンペンや貧窮者の生活を無責任な傍観者の立場から、勝手に美化したり「芸術化」したりするだけが文学だというわけはあるまい。なる程、あまりに生活条件が悪いために生活意識の生長を欠いていたり、又生活条件が良すぎて却って意識が荒廃しているような人間に於ては、彼自身は自分の生活を文学的とは見ないであろうし、その必要も感じないであろう。併し生活という概念は、個人が自分自身で主観的に自覚しているようなものばかりではあり得ない。