일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

七

なのである。併しこう云っても、例のスローガンとしての「唯物弁証法的創作方法」(この歴史的に一定のニュアンスを有った方法)を云っているのではない(それは文学の形式化・概念化・偏狭化に導いたとも云われている)。況して『資本論』の戯曲化などを指すものでもあり得ない。テーマや題材それ自身が文学的に「兌換」されなければならないと云っているのだ。そうでないと理論にはなっても文学にはならないからである。

七

材料に就いて一々説明するだけの立ち入った準備がないので、これ以上具体的に述べられないが、以上で云った制作方法に対して、最後に吾々は唯物論的な文学批評の問題に触れておかねばならぬ。唯物弁証法は制作方法であるばかりではなく、同時に又批評方法でもなければならない。例の「科学的批評」というものがここで初めて成り立つことが出来るのである。科学的批評が何であるか、又どういう根本構造を持っているか、又一般に(唯物論による)制作と批評との関連が何であるか、そういう一連のテーマに就いて私は他の機会に何遍か述べたことがあるので、今は省こう。科学的批評が文学に於て行なわれると同じ必要に従って、科学(又理論)に就いても行なわれねばならぬということも、すでに書いたことである。