일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

に共通な感覚(共通感覚――常識)が横たわるというのだ。但し社会には人間ばかりでなく一部分は人でなしに数えねばならぬものがいるから、単純に凡ての人間に共通だとか何とかは云えないことを忘れないとして。――一般に常識とは健全性の規範とも云うべきものだろう。新しい道徳は人間の凡ゆる意味に於ける健康を求める。新しい常識の創造を措いて、文学はないとさえ云っていいかも知れぬ。

吾々が問題にしたのはその新しくない方の常識だった、新しい常識なんかというものを勝手に持って来るなら、初めから問題はないのだ、と文学者達は云うかも知れない。併しそうではないのだ。新しい常識だってポッカリといきなり現われたり見つかったりするものではない。社会の客観的事情が、今日の道徳的通念を現に今日、掘り返しつつ、そこから新しい道徳、新しい常識への用意を整えつつあるのである。之が道徳的通念の君臨そのものの下に於てだ。それが進歩的なイデーというものなのである。――この進歩的イデーを何かコンベンショナルでステロタイプみたいな通念と考えて了うものがあるなら、夫は進歩性なるものの意味を全く認識し得ない盲目の眼だ。