일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

7 モーラリストの立場による科学と文学

一

による批評は恰もそうした統一と総合とを目論んでいた。文学的公正というものはこうしたものでなくてはなるまい。

主観的な好悪と偶然な条件とに迷わされて、批評対象の持つ客観的意義を、科学的に公正にそして党派的に(と云うのは首尾一貫した組織的な弁別力を以て)識別出来ないものは、凡そ批評家の列に加えられるべきものではない。或る批評家は、文学作品に対して無限の愛を以て臨めと云っている。それもいいだろう。と同様に無限の憎悪を以て夫に臨んでもさし閊える筈はない。要点は批評の科学的客観性だ。望むらくは冷酷な同情を一切の批評家の胸に!である。冷酷な同情は冷静であると限らない。事物の動く処、批評も亦おのずから激するのが批評家の客観的公正なのである(「時評」・「月評」・其の他の批評上の意義に就いては他日)。

(一九三四・一二)

7 モーラリストの立場による科学と文学

一

私は、科学(或いは広く学問と云ってもいいが)を一纏めに夫自体として見れば、どういうものだろうか、という観点から、一つの小さな本を書いた(『科学論』〔本全集第一巻所収〕)。この場合もうすでに問題になるのは、夫が科学というものの垣根の内側から初学者のために差し伸ばされた案内の手引としての、所謂科学概論であっては、初めから話しにならぬだろう、と考えられる点だ。