후리가나로 읽는 일본 고전
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だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
坂口 安吾의 堕落論・日本文化私観 他二十二篇(だらくろん(ぞくだらくろん))을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 84,198자 · 171화면
上の不都合をまねかない。同時に、第四人称の私が文法的な制約から必ず第四人称に限定されるに比べれば、この無形の説話者は第五人称にも第六人称にもなりえて、益々複雑多岐な働きをすることもできようと思うのである。とまれ然ういう文章の構成法を様々に研究してみたら、極めて軽妙に文章の真実らしさを調えることもでき、従而言おうとする内容を極めて暢達に述べとおすこともでき、色々とひっかかる左右の問題にも軽く踵をめぐらして応接することができはしないかと思うのである。
別な見方からすれば、内容を萎縮せしめる形式が最もいけないのであって、その逆の形式をもとめるべきであり、私自身はその形式の必要を痛感しつつもはや長く悩まされ通しているばかりである。
第四人称の問題は別として、らしい、とか、何々のようであった、ように見えた、という言い方は、却々面白い手段ではあるまいか。とかく今日の神経は、断定的であったり、あくまで組織的であろうとすると直ちに反撥を感じ易く、いわば今日の神経はそれ自らが解決のない無限の錯雑と共にあがきまわっているようなもので、むしろ曖昧な形に於て示された物に対しては能動的な感受力を起してきて、神経自らが作品の方を真実らしく受けとってくる、そういうことも考えられると思うのである。