후리가나로 읽는 일본 고전
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だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
坂口 安吾의 堕落論・日本文化私観 他二十二篇(だらくろん(ぞくだらくろん))을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 84,198자 · 171화면
彼が幼稚であったよりも、我々が、日本が、幼稚であったので、日本は小林の方法を学んで小林と一緒に育って、近頃ではあべこべに先生の欠点が鼻につくようになったけれども、実は小林の欠点が分るようになったのも小林の方法を学んだせいだということを、彼の果した文学上の偉大な役割を忘れてはならない。
「それは少しも遠い時代ではない。何故なら僕は殆どそれを信じているから。そして又、僕は、無理な諸観念の跳梁しないそういう時代に、世阿弥が美というものをどういう風に考えたかを思い、其処に何の疑わしいものがない事を確めた。「物数を極めて、工夫を尽して後、花の失せぬところを知るべし」美しい「花」がある。「花」の美しさという様なものはない。彼の「花」の観念の曖昧さに就いて頭を悩ます現代の美学者の方が、化かされているに過ぎない」(当麻)
彼が世阿弥の方法だと言っているところがそっくり彼の方法なのであり、彼が世阿弥に就いて思いこんでいる態度が、つまり彼が自分の文学に就いて読者に要求している態度でもある。
僕がそれを信じているから、とくる。世阿弥の美についての考えに疑わしいものがないから、観念の曖昧自体が実在なんだ、という。