후리가나로 읽는 일본 고전
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だいぼさつとうげ
大菩薩峠1
中里 介山
中里 介山의 大菩薩峠1(だいぼさつとうげ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 200,314자 · 398화면
切支丹禁制の記念が、遊女町の名によって残されたことを思うと、因縁もまた奇妙な感じがします。ことのついでに、日本における遊女というものの沿革を老人に聞いてみると、古いところは万葉あたりまで溯る。その後、肥後の白川、都近くは江口、神崎、東海道の駅々には、大磯、黄瀬川、池田などに名を謳われた。遊女屋としてやや体を成しかけたのは、播州の室津あたりであろうとのことです。
平家が亡んで、辛うじて生き残った官女たちが身を寄せるところに困って、みすみす人の遊びものになり、蟹も平氏を名乗って無念の形相をする海辺に、浮かれ浮かれて身を売った。長門の赤間ヶ関、播州の室津などはそれである。ことに室津は都近い船着きであったから、遊里の体裁をなすまでに繁昌したものと見えます。
官許遊廓の根源こそはこの島原。島原の歴史にもまた相当の盛衰栄枯があって、三筋町七人衆の時代、すなわち灰屋三郎兵衛に身受けされた二代目芳野の頃を全盛の時とすれば、祇園の頭を持ち上げた時が、ようよう島原の押されて行く時であろう。
そうして、この物語の時代、すなわち維新前後にパッとまた一花咲かせた。大小七十余藩の武士が一度に京都へ集まった時、さびれかかった日本遊廓の根元地が、またも昔の権威を盛り返して、他場所で遊んで不首尾をした時は帰参が叶わなかったけれど、島原