후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
ことに「逞ましい」自意識や心情上のモラルなどに興味の中心を置いている文学青年的文学では、反逆は大抵、自己自身に対する反逆のことであって、悪くすれば一種の自嘲やアイロニーやパラドックスの形はとっても、決して風刺の形はとれない。いや真面目であればある程、この場合には、宗教的告白に近づくだけであって、風刺とは凡そ縁の遠いものとしかならぬ。風刺はその最後の立場はそうではないが、表面上の形式からいえば、いつも外の対象へ向かって吐き出されるものだからだ。
之程に神経質な縦皺を額によせないでも、もっと眼を遠方に転じたものでも、与えられた社会の秩序を一寸攪拌しただけで結局はその秩序にそのまま居坐るような文学もあるが、之は所謂ユーモア文学ではあっても(併しユーモアはもっと的確で利き目のあるべきもので、実は悲劇の一要素としてでもなければ生きないものだが)、到底風刺の類ではない。ゲラゲラ笑わせるユーモア(?)に至っては論外だ。
現在のブルジョア社会の矛盾と不合理とに対して、最も正常な感じやすい感覚を持っているのは、いうまでもなく、プロレタリア文学なのであるが、そしてこのプロレタリア文学は絶えず社会秩序そのものから圧迫されて来ているのだが(原稿は〔伏字〕で埋められているし身柄は拘束されるし)、それさえも併し風刺文学への道を開こ