일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

文学的諸表象で以て思想を構成すると、その構成要素が、範疇が、文学主義的に(即ち哲学的でなく)なるのである。シェストーフの哲学上の、思想上の、ナンセンスは根本的には之に基づくのである。

もしこういう文学主義的なカラクリがなければ、シェストーフ的なものは、ああまで世間的な卑俗性に訴えることは出来なかっただろう。普通シェストーフ的不安の哲学は現代社会の不安に、特にわが国のインテリゲンチャの不安に、訴えるものだというのだが、その真偽は問題であるのだが、少なくともこの文学主義的卑俗性だけでも、わが国の現在のインテリや読者層に訴えるに充分だということを忘れてはならない。

宗教復興が社会生活の不安の反映だと云われているが、実は必ずしもそう云っては済ませないので、そこで社会的不安というのは思想の欠落、真空状態を本当は意味するに過ぎない。偶々宗教的なものは何かしら模索の対象となるかも知れないというところから、即ち民衆のそうした卑俗性に触発されて、初めて所謂社会的不安が宗教運動と見做されるものを産み出したということになるので、正当な意味で社会不安が宗教復興に反映したのではない。