후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
なぜなら或る限られた事物だけに注意を集中するということはこの際認識不足になるわけであって、表面上秩序を持たない一切のものが、同等の興味を強要するので、清濁合わせた乱雑が生活の現実として与えられざるを得ないからだ。之をそのまま捉えようとするのが、許された限りの最も広い意味に於けるモダーニズムなのである。――処でこの無にも等しい渾沌(混沌)をそのまま捉えると云って、そこには何等かの捕捉の原則がなくては出来ないことだ。例えば感覚とか理知とか、意識の内部的時間の流れの軸とか、或いは社会のメカニズムとか、そう云ったものによってこの渾沌を雑然たる統一にまで齎す他に手段はない。この間の消息に、色々のありとあらゆる意味の広さを持った所謂「モダーニズム」が生れて来たのであるし、また今後も発生し得るのである。
日本に於ける文学上のモダーニズムは、当然、一般生活意識に於けるモダーニズムと同じく、一部の代表的な(一種の支配的な)知識人又は教養人からは無条件に軽蔑されて来たという歴史を持っている。それは多分日本のモダーニズム自身のクダラない内容に由来するばかりではなくて、当時の知識人や教育人やが持っていた、云わばプロイセン的な形の消極的消費生活に基くドイツ的教養や、封建的な制限を辛うじて打破したばかりの日本の所謂半隷農的な消費生活