후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
と云う意味は歴史的社会の客観を通過しない人間的(?)モラルなどは、文学的に即ち生活的に、三文の価値もない玩具に過ぎない。客観的世界の法則を離れて何かの倫理か道徳があり得るということを、私は信用しない。で大事なのはモラルではなくてモーラリティー(生活の客観的原理に基く)だが、もしモーラリティーという言葉が不適当なら生活の論理と云ってもいい。又人によってはモダーニズムにはリアリズムが欠けていると云うかも知れない。だが客観的実在を貫くアクチュアリティーを離れて実在や実存を考え得ると思うのは、文学主義者かうす甘い哲学者にしか通用しないテーゼだろう。もし偽似モダーニストや反モダーニズム文学主義者が、モラルやリアリティーを理由にしてモダーニズム文学を批難するなら、吾々は正にその同じ根拠によって、この偽似モダーニズムや反モダーニズムを批判し、之に対して却ってモダーニズムを擁護せずにはいられない。モダーニズムの根本的欠点はその機械論にあるのである。もしモラルがなくリアリズムがないと云うなら、そのモラルが機械的に止まっていてまだ充分に物体的な(但しザッハリッヒのことではない!)モーラリティーになっていず、そのリアリティーが又まだ物体的なリアリティーにならずに幾何学的なメカニズムに止まっている、ということに他ならない。