일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

彼は時々眼を据えて、眼を洞ろにしてしゃべっている。時々何をしゃべっているのか恐らく彼自身にも判らないらしいことがある。だがすぐその後では、気を確かに持ち直して、理知的にウィットフルにしゃべり直す。ここが彼の結局に於て健全な点で、Ideenfl※(ダイエレシス付きU小文字)chtig(観念狂奔)ではない点である。つまり彼は或る一面に於ては却って、非常に営養が良くて健康なために、ああもおしゃべりが出来るのであって、一遍でいいことを何遍も何遍もしゃべる不経済を不経済とは思わないのである。そこで読者は「之はたまらん」と思うだろう。初めは圧倒された気持で、次には可なり安心して敬遠する意味で。

併し小林秀雄はなぜそんなにおしゃべりをしなければならないのか。次々にしゃべらなければならないように、彼の観念がムクムクと湧いて来るのか。立て続けにしゃべらなければならぬ程の思想内容が充満漲溢しているからか。併し彼の思想内容は、後に見るように寧ろ乏しい源泉のもので、その乏しい内容を何遍も何遍も違った色のコップに盛って見せるのに他ならなかった。充満漲溢しているのは単に彼の言語影像(彼の言葉を借りるなら)に過ぎない。