일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

と云うのは、彼は云わば下情に通じた趣味人なのである。否、もはや趣味人とは云いにくい程度に原始的な感能人であって、彼に於ては趣味はモードとしてではなく原始的な感能として行き渡る。彼が食い意地が張っていて、どんな下等なものでもうまそうに貪るのを見ることは、彼独特の貴族的生活態度全体を象徴する処の一種異様な光景だという話しだ。この点、他の人に於てはそうは云えないかも知れないが、少なくとも彼に於ては、彼の世俗的なものへの関心につながるものがあるのであって、殆んど凡ゆるものに対する彼の自由主義者的態度、云わゆる良き享受者としての彼の態度には、割合好き嫌いをしない彼の肉体的食欲が案外根柢となっているかも知れない。

小林を逆説的饒舌家として、極めて常識的に規定したが、谷川は一種の享受者として特色づけられるべきである。予め云っておくが、逆説的饒舌家が遂に批評家ではなかったように、単なる一種の享受家も亦決して充分な批評家ではあり得ないのだ。

事実上良い享受家である彼は一応殆んどあらゆるものに夫々可なり行きとどいた同情ある「人間的な」理解が持てる。無論自然科学とか経済学とかいう特殊の技能上の訓練の要るものは別だが、普通の常識で或る程度まで行ける対象に就いては、その常識をある限度まで突き破って、観照する能力を、彼は持っている