일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

さてこの二つの共通感覚――美的と論理的(常識)――が同じく共通感覚である処に、実はすでにかの芸術と科学とのコンジェニアリティー――感覚上の連帯――が横たわる。尤も常識を単に凡庸な不明晰な悟性だなどと考えてはならぬ、既にリードに於てそれは健全な良識でなければならなかった。だがリードは常識を、一定の既成内容を持った動かすべからざる知識の、公理や根本命題を与えるものと考えている。だが本当の常識は、知識のそうした特定内容に関わるのではなくて、実は知識の或る一定の――日常的な――態度に関わる。常識とは日常感覚なのである。それは単に諸感官感覚に共通であり且つ又諸世間人に共通であるばかりではなく、凡ゆる諸事物に日常性という視角と尺度とをあてはめる知識の態度・ジャーナリズム的態度を意味する。それは人間生活の最後の統一的な具体的な一断面を示す処の生活感覚なのである。云わばそれは人間生活に固有な本能だと云っても好いだろう。ここから常識は自己意識や良心としての共通感覚にまで、回帰することも出来るのである。――で、こうした一般的な意味に於ける共通感覚が、正しい意味に於けるジャーナリスティック・センスが、実は一方に於て概念・理論・科学の固有な感覚をなし、他方に於て概念・文学の固有な感覚をなす。