후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
、その結果、歴史的には、或いは寧ろ伝統的にはと云った方がいいかも知れないが、常識に就いての一定の伝統的な概念が、他方に存在しているのである。之はわが国などに於て所謂常識として通念されているものとは表面上別なものではあるが、当然なことながら根本的には夫と連絡のあるもので、従って所謂常識なるものの分析には歴史的な手懸りになれるものなのである。
常識、コモンセンス(共通感官・共通感覚)という言葉が、アリストテレスの「心の研究」から発したというようなことは今は問題外としよう(22を見よ)。そこでのコモンセンスとは、五官の凡てに共通で之を統一する感官を、その意味に於ける第六感官を、意味したのだが、今日問題になる共通感官(共通感覚)=常識は、之に反して、何も人間の五官の間に共通だという意味ではなくて、社会の個人相互の間に共通だということを意味していなくてはならなかった。共通感官乃至共通感覚が、個人の精神力の問題から、こうやって、社会に於ける人間生活の認識力の問題にまで移されたのは、十八世紀のイギリスに於けるスコットランド学派の哲学によるのであって、トーマス・リードの常識学派的考察を以てその代表者とするということになっている。